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下の日枝神社の画像

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昭和49年の市広報に掲載されていた日枝神社の鳥居を写した明治期と考えられえる写真ですが、いつも見るものと違ってなんだか違和感がある原因は、通常写っている随神門がありません。ということは明治27年の地震で倒壊した随神門が再建された明治35年より前に撮影されたものと考えられます。随神門がない写真は初めて見ました。私が所有する明治期発行の絵葉書はみな随神門が写っており、それらは明治35年以降に撮影されたということになります。
なお、これまで市史年表などには随神門が再建された時期は白崎良弥による「酒田港誌」の明治41年11月とされていましたが、次の画像の説明書きには明治35年とあります。私も明治41年では私が所有する明治40年元旦の消印がある絵葉書に随神門が写っていることと矛盾すると感じていたのですが、明治35年であれば辻褄が合います。しかし、「酒田港誌」には明治41年11月7日に竣工、随神遷座祭を執行したとあり、単なる記憶違いなのかがわかりません。なお、「飽海郡誌」第四巻には再建は明治36年とあるほか、中村書店が明治44年に発行した「酒田案内」には明治38年とあります。
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最初の写真の背景に浅間神社の屋根瓦がみえます

Commented by skb64gg at 2026-01-12 17:39
お手持ちの酒田の写真、絵葉書で一番古いものは何でしょうか。ぜひご紹介ください。
Commented by sakata1964 at 2026-01-12 18:09
> skb64ggさん
 発行時期が特定できるのは消印がある場合と撮影日が特定できるものに限られるのですが、最も古いと推定される写真は、以前紹介した矢島誠信堂撮影による日和山の三本松の写真(明治10年前後)で、絵葉書では明治38年10月の消印がある日和山や最上川河口(港付近)や日露戦争時の本町の凱旋門などです。
Commented by ヤマトンチュ at 2026-01-12 18:57
珍しい写真アップ有り難う御座います。
随身門が無い写真初めて拝見しました。
鳥居にしめ縄が飾ってあるんですね。これも初めて見る写真なのでビックリしています。
右端に見えるのは我が町内の鳥居の様です。
こんな昔から我が町内の稲荷さんが有ったのかと思うと感無量です。
そう言えば何年か前に稲荷さんの土台を改修した時 中にあるご神体の掃除を行いました。
そうしたら聞いたことの無い名前が付いたご神体が沢山出てきました。
他の町内とかのご神体を預かったのでしょうか。     
町内の人全員が誰一人心当たり有る名前はありませんでした。なんか不思議な感じを受けたこと思い出しました。
岡部宮司に持って行ってお祓いして処分して貰いました。
それとこの写真には銀杏は写っていませんね。
いつ頃銀杏植えたのかな?お分かりになりますか?私ら子供の頃には有りました。細かった記憶だけ有ります。ご存じでしたら教えて頂ければと思います。
Commented by sakata1964 at 2026-01-12 21:12
> ヤマトンチュさん
いつもコメントをいただきありがとうございます。
鳥居にしめ縄は戦前の写真をみると東側の鳥居を含め、どれにも飾ってありました。しめ縄は他の神社の鳥居にもあります。大きな銀杏の木については、大正期に発行された絵葉書に植えたばかりで周りを柵で保護されているものが写っているほか、昭和11年頃の絵葉書には多少成長したものが写っていますので、大正期に植えたのではないでしょうか。
by sakata1964 | 2026-01-11 17:59 | 日和山 | Trackback | Comments(4)

酒田における昔の出来事について紹介します。時間の経過とともに人々の記憶から忘れ去られた事柄にスポットライトを当てることにより、過去が現在とつながっており、現在の酒田も過去の上に形成されたものであることや過去の記録や資料を未来に確実に残すことの意義を認識してもらえたら幸いです。


by sakata1964