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安田銀行酒田支店

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左側が大正中期の安田銀行。右隣の二階建てが大正5年5月に下中町から移転してきた中村小間物店

秋田相互銀行が長らくあった場所(カメラの七桜の向かいの上中町36番地)に明治43年1月20日に開業したのが安田銀行酒田支店です。ここはもとは関太郎兵衛が荒物屋を営んでいた場所で、当初は和風の建物でしたが、昭和2年には酒田では珍しい洋風の銀行らしい建物となっています。佐藤三郎氏のサンデー庄内連載「新酒田風土記」(昭和31年11月25日号)によると他の銀行の職員が和服だった時代、安田銀行だけは洋服姿だったため、あこがれの的だったとあります。
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昭和2年築の新店舗
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昭和10年代前半の上中町。右側が安田銀行。昭和11年夏の改築後の港屋時計店もみえます。
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昭和15年発行の「安田銀行六十年誌」より
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昭和26年春の「出羽新報」社屋

この建物は安田銀行が酒田支店を昭和17年に荘内銀行に譲渡してからは使われなくなり、戦時中は統制組合事務所、終戦直後は荘内通信工業事務所として使われ、昭和24年からは昭和28年までは佐藤三郎氏の「週刊酒田」を発行していた酒田出版社(昭和26年以降は出羽新報社)がここに入っていました。
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題字のロゴから昭和24年のものと推測されるチラシ。「復刊」とあるのは昭和24年中にしばらく休刊したためと思われますが、昭和24年の同紙は1号(第121号)しか現存していないため、詳しいことはわかりません。
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昭和29年7月には秋田相互銀行が旧安田銀行建物を買収し、秋田町から移転しています


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昭和34年9月には現存する建物を新築。建築からわずか32年後には洋風銀行建築の建物が取り壊されてしまったのは惜しいことです。
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おまけとして山形市七日町交差点にあった旧両羽銀行(現在の山形銀行)本店の昭和初期の画像を掲載します。左側に一部みえるのがそれです。初代の本店は明治44年5月の大火で焼失しており、これは大正12年8月竣工の建物で、昭和45年までありました。この建物の設計は中條精一郎(1868-1936)という米沢出身の建築家で、文翔館(旧山形県庁)の設計顧問も務めた人物でした。人も写っているので、その大きさがわかると思います。通りを挟んで右側の角にあるのは山形警察署です。

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Commented by sissi at 2022-01-19 12:55 x
安田銀行というのは、戦後の富士銀行、安田信託銀行で、今のみずほ、ですね。
私は、安田信託銀行の出身なので、なんだか不思議な気がしました。

優雅な建物ですね。昔、山形銀行本店も、このような凝った優雅な洋風建築であったことを、おぼろに記憶にあります。
当時の日本は、このような建築の価値に対して、理解がなかったですね。
Commented by sakata1964 at 2022-01-19 19:37
> sissiさん
 重厚な銀行建築の山形銀行本店の画像を追加しました。山形銀行本店の洋風建築は大正時代からあったので50年間は存在した模様です。
Commented by sakata1964 at 2022-01-21 20:32
正確には洋風の両羽銀行本店は47年間存在したようです。それにしても有名建築家による建物がわずか47年あまりで取り壊されるのは惜しいことです。
by sakata1964 | 2022-01-14 19:35 | Trackback | Comments(3)

酒田における昔の出来事について紹介します。歴史の闇に埋もれ、人々の記憶から忘れ去られた事実にスポットライトを当てることにより、過去が現在とつながっており、現在の酒田も過去の上に形成されたものであることや過去の記録や資料を未来に確実に残すことの意義を認識してもらえたら幸いです。


by sakata1964